にし阿波、日本の農の原点(4)
にし阿波のつるぎ町では、近年農家さんと行政が一体となり、地元の学生が一年を通して農体験ができるよう課外授業に取り組んでいるそう。にし阿波の伝統的な農法は、2018年に世界農業遺産に登録され、その価値が見直されているものの、担い手は不足している状況。子どもたちに地域の伝統や産業を知ってもらい、農への道を開くと共に、毎日の食卓に並ぶ食べ物がどのように作られているのかを学ぶ、大切な機会となっているようです。
旅の最終日は、地元の小学5年生と一緒に傾斜地農業を体験するため、剪宇(きりう)集落の古城幸男さんを訪ねました。標高約600メートルの急傾斜農地で、数多くの学生や大人の農体験を受け入れてきた古城さん。どのような眼差しで、地域の伝統を未来へ託すのでしょう?
この日の実習は、道具の説明から。サラエや天鍬など、使い込まれた道具を見せてもらいました。干したコエグロを裁断するカヤ切りという道具を動かして見せてくれます。学生たちは授業で予習をしてきたそうで、実際の道具を前にして目を輝かせています。
ここからさらに山頂近くの圃場に移動します。かなりの急傾斜に、はしゃいでいた子どもたちも、転げ落ちないよう慎重になるほど。じゃがいもの収穫を終えた畑地には、コエグロの茅が一面に敷かれています。ここで実際に道具を使って耕し、茅をすきこむ作業をします。こんな急傾斜にもコエグロを立て、さらにはそれを裁断し、全面に敷き詰める手作業もお一人でこなされ、驚かされることしきりです。
古城さんは、85歳のいまも、背筋がピンと伸びた美しい姿勢と、お腹の底から響く深い声が清々しいお方。「もう歳だから無理をしない」とご自分ではおっしゃっていますが、傾斜地の重労働を悠々とこなしておられる姿に、まったく年齢が感じられません。
学生たちも古城さんに倣って鍬を振りますが、はじめは表面をかき混ぜる程度にしかなりません。じっくりと取り組む子らは、徐々に足を踏ん張り、重心を落として、深く耕せるようになっていきました。斜面の下にはネットが張ってあり、ここで収穫した芋を転がして捕らえ、籠を吊るして降ろせる工夫が。
作業がひと段落し、古城さんがみんなに見せたい風景がある、と山頂に連れて行ってくれることに。頂上にたどり着くと、まさに天空の世界、辺りの山々を一望できる全景が広がっています。古城さんが周囲の山々をひとつひとつ指さしで説明してくれました。
ここで、学生からの質問タイムに。「農業をしていて、大変なことはありますか?」
ー「大変な時も、もちろんある。でも、できるところまで頑張って、それからこういう素晴らしい景色を見ながら、ひと休みする。作物を分けたら喜んでもらえる。楽しいことの方が多い」そんなことを伝えてくれました。
頭と身体と心をフルに使って、この土地で働くことの素晴らしさを教えてくれます。私たちの未来は、一人一人の一振り、一歩の先にある。それを体現する姿に魅せられました。